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第7話 婚約破棄の夜

Auteur: 八月 猫
last update Date de publication: 2026-07-21 17:08:33

「今日から俺を知れ」

 帝人さんは結婚式の日取りでも決めたような顔で言った。

「今日はもう帰ります」

「なら送る」

「結構です」

「遠慮するな」

「遠慮ではなくお断りしています」

 帝人さんの眉が寄る。

 この人の中には、好意を断られるという前提がないらしい。

「一人で帰れると言っているんです」

「婚約を破棄された直後だぞ」

「だからといって歩けなくなったわけではありません」

「判断力は落ちている可能性がある」

「帝人さんの求婚を断れたので大丈夫です」

「それは判断を誤っている」

 会話がまったく進まない。

 直哉は少し離れた場所で黙っていた。帝人さんが現れてから、私と二人で話していた時の余裕が消えている。

「小春。やはり僕が送るよ」

「必要ない」

 答えたのは私ではなく帝人さんだった。

「あなたに決める権利はありません」

「婚約を解消した直後の男と二人きりにする方が不自然だ。話が終わっていないと言って、また自分に都合のいい説明を聞かせるつもりだろう」

「僕たちは七年も一緒にいたんです」

「七年かけても、この女が何を嫌がっているのか分からなかったらしいな」

 直哉の顔が強張る。

 帝
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     現地視察から数日後。 東都アセットとの打ち合わせが、もう一度開かれた。 今回は前回より人数が少ない。 宮坂さんと事業責任者、それから現地運営会社の担当者。こちらも帝人さんと私、それに必要な担当者だけだった。 机の上には、現地視察後に追加された資料が並んでいる。 階ごとの来館傾向。 年代別の利用状況。 既存テナントの継続意向。 撤退理由。 周辺競合との比較。 数字は増えた。 でも。 帝人さんは資料を開いてしばらくしたあと、最初にこう言った。「三年後九十二%という目標は、一度捨てる」 東都側の空気が止まった。 事業責任者がすぐに口を開く。「目標値そのものを、ですか?」「ああ。数字が悪いと言っているわけじゃない。置き方が逆だと言っている」 帝人さんは資料の一枚を手前へ引いた。「今の計画は、三年後に稼働率九十二%まで戻すという結論が先にある。そのために既存客を維持し、若年層を呼び戻し、既存店舗も残し、新規テナントも入れることになっている。だが現地を見た限り、その全部を同時に取れる前提には無理がある」 誰も口を挟まない。 帝人さんはそのまま続けた。「一階は日常利用で機能している。上階は目的がなければ人が上がらない。若年層は施設全体から完全に消えているわけではなく、一階だけ使って帰る客もいる。既存店舗についても、残してほしいという声がある店ほど、再開発後の条件では残れない可能性がある。一方で、長く営業しているだけで将来も残す理由があるとは限らない」 私は隣で聞きながら、数日前に現地で見た景色を思い出していた。 賑わう一階。 静かな二階。 空いた区画。 残してほしいと言われながら、賃料次第では撤退する店。 長く続いているのに、客がほとんど入らない店。 資料の中では一つの施設だったものが、実際にはいくつもの違う状態に分

  • 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜   第150話 古いものを全部残すわけじゃありません

     アンケートで名前の挙がっていた店舗を見たあと、私たちは再び二階へ上がった。 ここには一階ほど「残してほしい」という声の多い店はない。 その代わり、開業当初から営業を続けている店舗がいくつか残っていた。「東都の資料だと、この辺も『施設の歴史を象徴する既存店舗』になってましたよね」「ああ。ただし、売上は弱い」 帝人さんが視線を向けた先には、婦人服を扱う小さな店がある。 商品はきれいに並べられ、店員さんもいる。 でも、客はいなかった。 私たちは少し離れた場所から様子を見る。 五分。 十分。 何人か店の前を通ったけれど、中へ入る人はいない。「たまたまですかね」「それを判断するには短すぎる。ただ、売上推移を見る限り一時的な話ではない」 帝人さんが持ってきた資料によれば、ここ数年は毎年少しずつ売上が落ちている。 それでも営業を続けられているのは、長期契約で賃料が低く抑えられているかららしい。「再開発後も残す候補に入っている」「長く営業してるから?」「東都の説明ではな。地域との継続性を示す店として残したいらしい」 私はもう一度店を見る。 長く続いてきたこと自体には意味があると思う。 ここで服を買った人もいるだろうし、店員さんと顔なじみになった人だっているかもしれない。 でも。 前の和菓子店とは、何かが違う。「帝人さん。ここ、残さなくてもいいんじゃないですか?」 帝人さんがこちらを見た。「理由は?」「今のところ、残してほしいって声が特に多いわけじゃないんですよね。売上も下がっていて、ここを目的に来る人も多くない。だったら、長くあるっていう理由だけで残す必要はない気がします」「人の思い出は?」「あると思います。でも、思い出があることと、これからも同じ店が必要なことは別じゃないですか?」 口にしてから。

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